東京高等裁判所 昭和42年(ネ)551号 判決 1968年2月23日
控訴人(被告)
日本食塩製造株式会社
代理人
馬塲東作
外一名
被控訴人(原告)
市川久夫
代理人
横山国男
外三名
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実<省略>
理由
被控訴人は本訴において先づ雇傭契約の存在の確認を求めているが、元来契約の存否は事実であつて、雇傭契約の存在確認という用語の真意を意識しないで、その文字のみの表現に従つて解するときは、民事訴訟法第二百二十五条の場合を除いて、事実の確認を許さず、現在の権利又は法律関係(複合的権利関係とも云えよう)のみを以て確認訴訟の対象とする同法の下においては、被控訴人の右請求は不適法として却下を免れないであろう。しかしながら被控訴人の雇傭契約の存在の確認を求める真意は、被控訴人が現に雇傭契約に因る従業員(労務者)たる権利を控訴人に対し有することの確認を求める(但し労務者たる義務もあるわけであるが、被控訴人としては義務の確認を求める利益はない)にあるものと云うべく、控訴人が懲戒解雇の撤回を事由として本件確認の訴訟物を欠くに至つたとの主張の如きは、本件確認の対象を把握できなかつたためか、又は誤解によるためか何れにしても、被控訴人が控訴人の従業員たる権利を現在もつていないものとして本訴を争つていることの明白な本件では、本件確認請求を却下すべきものとする被控訴人の主張の理由のないことは云うまでもない。
被控訴人は昭和三十六年一月右会社に入社し、同年九月従業員百八十名を以て組織する化学産業労働組合同盟日本食塩支部(以下組合と称す)の組合員となり、翌三十七年六月執行委員となつたこと、組合は会社との間に「会社は組合を脱退し、または除名された者を解雇する。但し、会社がその解雇を会社運営上重大な障害があると認めた場合及び解雇が適当でないと認めた場合は、会社と組合は協議決定する。」(第五条)とのユニオン・ショップ条項を含む包括的労働協約を結んでいたこと、右労働協約は昭和三十九年八月四日付で組合から解約の予告がなされたこと、従つて少くとも同年十一月二日までは右協約の効力が存続していたこと、組合は昭和四十年八月二十一日被控訴人に対し、同人を組合から離籍した旨通告をなし、同日会社に対してもその旨の通告をしたこと、そこで会社は同月二十四日前示労働協約前文第五条第一項の規定によつて被控訴人を解雇する旨意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
そこで先づユニオンショップ条項を含む労働協約が前示組合からの破棄通告後もなお効力を持続していたかどうかについて考察するに、<証拠>を総合するに、右協約破棄後無協約状態になることを懸念した労使双方は昭和三十九年十一月十一日協議の結果、会社と組合との間、新労働協約締結に至るまでの暫定措置として、成文化され、又成文化されていない労使諸慣行を尊重し、概ね一箇月毎にその経過を観察して改めて確認の意思表示をすることとし、その後これが覚書に基づき、旧協約の内容を引継ぎ毎月一回書記長、労務担当課長間で確認してきたこと、そして労働協約改訂の作業が進められその交渉経過を整理する段階に達した昭和四十一年八月四日会社は組合に対し旧労働協約の各条項を組合が如何に理解し、運用面で考慮しているかの見解の表明を求めたのに対し、同日組合はショップ条項については昭和三十九年十一月二日以前の状態と同一の関係にあると考える旨、その他の条項(苦情処理機関の運用を除く)についても右とほぼ同様の趣旨の回答を会社に対しなしていること、そして毎年会社に入社する者は本工となると同時に組合に無条件で全員加入し組合員となつていることが認められ、右認定に反する原審における被控訴人本人の供述部分は採用し難い。
以上の事実によれば、従来の労働協約は組合から破棄されたが、労使間の合意によつて新協約が成立するまで旧協約の効力を持続せしめることにしたものと解するを相当とする。
ところで控訴会社は、組合から被控訴人を離籍した旨通知を受けるや、これを除名と取扱い協約五条に基づき解雇したことはさきに示したとおりであり、被控訴人は、右離籍は除名処分とは異なる旨主張するので、組合が被控訴人を離籍するに至つた経緯についてみるに、会社と組合との間に所謂R・H・Cという新機械の導入に関し事前協議をめぐり昭和三十八年一月中旬頃から意見の対立をみていたが、その間被控訴人が一部職場の女子従業員に対し職場離脱をなさしめたほか、無届集会をしたこと、及び同年の夏季一時金要求に伴う斗争に関し会社専務取締役萩原の入門を阻止した等の事実が会社の職場規律を害するものとして同年七月二十九日会社は被控訴人を懲戒解雇に処したほか、組合委員長高橋義男外六名の組合員を夫々三日ないし七日の出勤停止処分となし、十七名の組合員に対し減給、三十七名の組合員に対し謹責処分をしたこと、それに対し組合は同年十月三十日神奈川県地方労働委員会に不当労働行為救済を申立てたこと、しかるに同四十年八月二日に至り同委員会の斡旋により和解が成立したこと、その和解の内容は、被控訴人に対する懲戒解雇及び委員長以下の前記処分はいずれも撤回(尤も減給ないし譴責処分は当時既に撤回)し、これ等処分撤回に伴う復原金を支払い、賃金カットを取消したほか、被控訴人は和解成立の日をもつて退職すること等にあつたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、当時被控訴人は退職する意思はなく、前示懲戒処分を無効として提起していた本件訴訟で会社と争訟していく旨言明していたこと、他方組合は昭和四十年六月三十日執行委員会において、更に職場大会において前示和解案を受諾することを決定していたこと、和解案に被控訴人のみの退職を承認したのは、同人が前示斗争において行き過ぎの行動があつたことによるものであること、そして受諾の趣旨はこれにより会社と組合との斗争を終止せしめ、労使間の秩序の改善を意図したものであること、しかし被控訴人が退職に応じないときは組合は同人を組合から離脱せしめることも止むを得ないと考えていたことが認められ、右認定に反する前示証人の供述部分は採用しない。
以上のような経緯によつてなした前示被控訴人に対する離籍処分は組合が被控訴人の意に反して組合員たる資格を剥奪し、組合から排除する処分であるからその名称の如何を問はず、実質的に除名処分とみることができる。甲第二十三号証の記載は前記認定の事実関係からみて、単に表面上の口実としか解せられないし、仮に組合において主観的に右記載の如き趣旨に解していたとしてもこれによつて右認定を妨げるものではない。
更に被控訴人は、会社の離籍処分が除名処分と解せられるとしても右除名は正当の理由がなく、また手続上にも瑕疵があるので無効であり、従つて解雇も無効であると主張する。
しかし控訴会社は前示のとおり現に有効に存続している労働協約第五条のユニオンショップ協定により組合員たる資格を喪失した者を解雇すべ義務を負うているところからその義務の履行として、組合を除名された被控訴人を解雇したもので除名の有効無効に、解雇自体の効力とは本質的に何等の関係がないとみるべきであつて被控訴人主張の如く解雇のときに遡つて無効とする法理上の根拠を見出し難い。
元来使用者は解雇制限(労働基準法第十九条参照)ないしは労働協約に規制されている場合を除き解雇の自由を持つているものである。そして他方、ショップ制は組合の統制力強化にその目的が存するのであるから組合の自主性を尊重して、除名の有効、無効は本来使用者の調査すべき事項ではなく、手続的に正当な除名通知があれば使用者は解雇すれば足り、これによつて生ずることあるべき危険負担(解雇された者の蒙る損害)は組合との間に決せらるべきもの(除名無効の訴ないしは損害賠償の訴等)と考えるのが相当である。
以上のように解するとき、仮に被控訴人主張の如き事由により除名が無効であるとするも、これにより当然本件解雇を無効となすを得ない。
もとより組合から除名された者を解雇する場合ショップ制の存することの故を以て労働組合法第七条各号に違反するものでないと速断するを得ないことも当然である。そして被控訴人を解雇するに至つた経緯は前示認定のとおりであるが、これ等の事情の下にあつて解雇した会社の真意は被控訴人が積極的組合活動家であることや、その思想、信条を嫌悪し、被控訴人を企業外に放逐して会社の意に副う組合を作らんとする意図に基づくものであるとの被控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はない。従つて本件解雇を以て不当労働行為となすを得ないからこの点の被控訴人の主張も採用するを得ない。
以上のとおりであるから被控訴人の本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却すべく右と決論を異にする原判決は不当であるので民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(毛利野富治郎 加藤隆司 矢ケ崎武勝)